⑥満を持して!広島・横川シネマ篇

皆さまご無沙汰しております。マネージャーの藤本です。どうしてご無沙汰したのかはプロデューサーから通知されたメールの通りです。いろいろ、ございますね。。。。そんな中でも高山選手は前向きに頑張っております!そしてこれまで出さなかった記事を一気に出していきます。

 

満を持して!

広島上映に向けて動き出したのは2020年の秋でした。まだスーパーミキンコリニスタ(以下、スパミ)がポレポレ東中野で上映されていたころ。草場尚也監督と出会い、この作品の配給協力することを決めて、どこで上映したいか、というミーティングをした際に、高山選手から「地元の広島では絶対にやりたいです」という言葉があったからでした。


通常の映画興行、特にミニシアター系の映画というのは東京で上映し、そこから地方に広がっていくのがセオリーのようなことを聞きます。ポレポレ東中野で結果が残せたスパミは地方でやれる力があると確信できたし、高山選手の地元である広島であれば尚更やれるのではないかと思いました。でも簡単にはいきませんでした。コロナ禍だったからです。


人が入るかどうか以前に、映画館が開いているのかどうかの状況でした。実際、スパミも大阪上映は3か月の延期を余儀なくされました。そうやって本来上映されるはずだった作品、上映待機作品というのが2020年4月以降は膨大に増え、劇場上映できる作品というのは凄く絞られていったのです。なので当初、どこの劇場に問合せても、待機作品が沢山あり、新規の自主映画系は扱ってない、という返答ばかりでした。横川シネマに問合せた際も、早くても来年の3月にやれるかどうか、という回答でした。横川シネマで2022年9月に上映された作品に、「発酵する民」というドキュメンタリー映画があります。こちらも大体同じ時期から公開が始まった作品なのですが、スパミの公開時期とちょうど1年のタイムラグがあります。これは、通常通り待っていたら、やれたとしても今年の今くらいだったかもしれないといういうことを意味しています。現在、広島で沢山のお仕事を頂いている高山選手ですが、そのタイミングが1年遅いか、あるいは来なかったのかもしれません。


2021年に入り、どうやらコロナは全然収束しそうにないことが分かりました。1月に入り再び緊急事態宣言に突入。とても上映ができる状況ではないし、また待機作品が増えていく一方でした。3月頃、コロナには周期があるのかな?くらいのことが見えてきて、たぶん6月あたり、秋は9月~11月の間ならイベント付き上映ができそうだ、と判断ができました。広島上映では高山選手の舞台挨拶は生でないと意味がないのかな、というのも判断の一つでした。


2021年5月、大阪の上映がちょうど終わった頃、いつものように(定期的にしつこく)横川シネマにお電話した際、支配人の溝口さんから「8月くらいでどうですかね?」というお話しがあり、ようやく上映の目途が立ちました。直ぐに高山選手に電話したのを憶えています(普通監督から先に電話しますよね)。「せっかくだから毎日舞台挨拶してほしいんですけど」と高山選手に訊いたら、「やります!」と即答でした。


そこからは、いかにお客さんに来てもらうか、という事にシフトしました。宣伝期間としては充分あった為、時間をかけてやることができました。本当に広島のメディアの片っ端から連絡して、なんとか記事にしてもらえませんか、ラジオに出してもらえませんか、だれか紹介してくれませんか、というのを延々と行いました。町内会のチラシに載せてもらえたらいいなと思って、高山選手の地元の区役所にも電話しました。どこも親切に応えてくれて、記事とかにはできないけれど、どこどこのメディアに連絡すれば取り扱ってくれるかも、などいろいろと相談に乗っていただきました。


その結果、先ずは中国新聞に載せてもらう事が決まりました。さらに「広島FM 大窪シゲキの9ジラジ&シネマ☆ボックス」、RCCラジオの看板番組「ごぜん様さま」、「ザ 横山雄二ショー」など、様々な媒体で取り上げていただきました。特に「ごぜん様さま」では何度もスパミに触れてくださいました。名物司会者の横山雄二さんが番組内で、取り上げないとこの人死ぬんじゃないかと心配された、私の書いた鬼気迫る殴り書きのFAX。「ごぜん様さま」の大ファンである高山選手のお父さん(通称:ちゃん健)は剣山の上で正座しながらラジオを聴いているという設定。それを聴いていたちゃん健が足に包帯をグルグル巻きにして劇場に来る。日に日に悪化して松葉杖でやってくる、というお話し。スパミを通して、電波を通じて皆で遊んでいる雰囲気がとてもよかったです。そんな状況の広島に高山璃子を放り込むと、次から次へと奇跡が起きたのです。

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このブログを読んでいる皆さまはご存じかと思うのですが、タイトル名が変更になりました。当初は「君の宇宙」だったのですが、現在は「黄色いくちばし」というタイトルです。しかしこれも仮ですので、また変更になるのかもしれません。 「準備」といっても撮影組がどのような準備をしているのかは全く分からないのですが、当時マネージャー陣は広島と東京で高山璃子ドキュメンタリーを撮影していました。当初の予定だとドキュメン

広島に高山璃子を2週間放り込めばいいことがある。はっきり言ってマネージャーとして私が機能したのはこれが最初で最後だったと思います。もう、広島に入ってからは高山選手が次から次へとチャンスを掴み取っていくのです。 シネマ尾道から広島市に帰ると、ラジオ出演が控えていました。なんだかさらっとそういう事があるようになっていたのです。それには理由がありまして、呉ポポロシアターから遡ること2か月。横川シネマでの